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2009/05/09

あらためて、石川ナオのハットトリックを喜ぶ

あらためて、石川ナオのハットトリックを喜ぶ。たとえあの日の大宮のディフェンスラインが壊滅的だったとしても、ナオのあのスピード、あの思い切りのいいプレーがこの結果を呼んだのだ。
2002年7月14日、初めてFC東京に出会った時、あたしの目をひときわ惹いたのが石川ナオだった。彼のスピード、小鹿が飛び跳ねるようなドリブル。華があった。ヒロミに呼ばれて出場機会を求めてレンタル移籍してきた東京で、彼は思いっきり自分の持ち味を発揮していた。そうするより他のことは何も考えてなかったんだろう。

その石川ナオの21歳から27歳までを見て来た。ヒロミの「使っちゃうよ」で始まったFC東京でのサッカー人生。イシカジ二段ロケット、アテネの失望、チームに戻り、キレキレなのにチームと連動せず、空回りして、スランプに陥って、抜け出したと思ったら怪我をして、グレードアップして帰って来て、次のステップに進もうとして、空回りして、スランプに陥って、抜け出して、そうかと思うとまた怪我だ、というような数年間を見てきた。以前も書いたことがあるはずだが、これはこういう選手なのだと、この不安定な心と身体、この空回りも含めて愛するしかないのだと、この数年を見守ってきた者たちはみなそれぞれある種の諦念にも似た感情を抱いたものだ。
それでもぼくたちあたしたちが彼を愛していて、決して失望しないのは、彼がある意味東京のバンディエラというか、マリノスユースの頃から石川ナオを愛していたマリノスサポーターには申し訳ないけれど)、東京というチームの顔みたいな存在になっているからだと思う。
彼はアマラオやケリーと、小林成光や宮沢、加地くんや戸田とプレーした。ヒロミやガーロの元でプレーした。チームのいろんな時期を見て来た。藤山や浅利という生え抜きを除けば、そういう選手は今ほどんどいない。チームの中である種ベテランになった、そういうことでもある。

これは知り合いが言っていたことなんだけど、チームの状態が良くなく、選手の誰かれの移籍が囁かれたりする時でも、ナオのことは心配しない、ナオは何があってもうちの子なの、100%そう思えるの。だそうである。
たぶん、それは、石川ナオが、ものすごくファンやサポーターの声を聞く子だからじゃないかと思う。
ナオはブーイングはすごく辛そうに聞くし、声援にはすごく喜ぶし、試合後に投げかけられた声にも耳を傾ける。
相手選手が倒れて、時間使ってんじゃねえよ、と、ぼくたちあたしたちがブーイングしたりする時、こちらを向いて、頭打ってるから今動かせないんだよ、とジェスチャーで教えてくれるのもナオだ。たぶん、ナオは、東京のサポーターが理不尽なブーイングをすることがイヤなんだろう。
メンタルに影響するから、あんまり聞き過ぎないほうがいいんじゃないかと心配なくらい聞いてる。こういう選手は稀有なんじゃないかと思う。

その石川ナオのハットトリック、サッカー選手の人生で、そうそう何度も起こる出来事じゃない、そのハットトリックを、生で見ることができなかった、その場に立ち合い、その瞬間の味スタの雰囲気を感じることができなかった。
これは辛い。痛恨である。

ナオももう27歳だって。びっくりだ。ようやく、心と身体のバランスがとれ、充実してきたようにも見える。
ニワカなあたしも、ひとりのサッカー選手が、若くてピッチピチの頃からベテランさんになっていく経過を、ひと通り見るくらいにはサッカーを見続けた、と、そういうことなんだろうなあ。
それでいて、ハットトリックのシーンを見逃した、と。
うーん。
たぶん一生後悔するんだろう。
願わくは石川よ、もっとずっと長く東京に居続けて、もう何回かハット決めて下さい。

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